血友病

2024.06.10

臨床心理士が、血友病の悩みに答えます

今回は、血友病患者さんの人生に寄り添い続けておられる小島賢一先生に、みなさんからよくご相談いただく患者さんの子ども時代における悩みについてお話を伺いました。

血友病の悩みに答える「臨床心理士」

私は臨床心理士として、東京・杉並区の荻窪病院に勤務しており、主に血友病の患者さんの心理的ケアを担当しています。血友病は、風邪や骨折のように治って通院が終わるような病気ではなく、付き合いの長い病気です。そのため、こころの問題に加え、進学や就職、結婚など、患者さんのさまざまなライフイベントにおける相談に答えることも、私の役目です。さらに、患者さんの成長や生活の変化に伴って、ソーシャルワーカー、薬剤師、理学療法士等の多職種や他の病院への紹介など、包括医療における交通整理も行っています。ここからは、血友病を理解していただくために「親子の関係」「先生と生徒の関係」「大切な人との関係」などについて、お話をしたいと思います。

時代と共に変わる、親の意識

血友病の相談として最初に寄せられるのが、「親の負い目」の問題です。自分の遺伝がもとで子どもが血友病になったとあれば、罪の意識を感じてしまうのも無理のないことかもしれません。ただし、親の抱える感情も時代によって変わってきています。たとえば、1960年頃の血友病に対する不安や心配は、現代より切迫していました。なぜなら、当時の血友病には効果的な薬がなく、「成人まで生きられない病」と思われ、患者さんは通学や社会参加することも難しかったのです。当時は、患者さんやその姉妹が結婚をあきらめたり、挙児を避けたり、産み分けを希望したりする姿は珍しいことではありませんでした。しかし、今はそうではありません。効果的な治療薬の開発によって、血友病でも普通に人生を送っています。過去のように「自分の遺伝子のせいで、子どもの生活や生命が限定されてしまう」といった心配は抱えなくてもよいのです。もちろん、昔も今も「子どもに少しでも負担をかけたくない」という親心はわかりますし、新しい治療情報が届いていない人もいるでしょう。こうした方でも「月に一度の注射で、普通に生活できるようになった」状況を知ってもらえれば、こころの負担は大きく減ることでしょう。

子どもの成長に合わせて伝える

血友病の子どもに、いつ病気のことを伝えるのか。これも難しい問題の一つです。あまりに幼いと無邪気に病名を周囲に話してしまうかもしれませんし、子どもが興味本位に病名を検索して混乱したり、傷ついたりしてしまうことも考えられます。あげくに本人が秘密にしたいと考えた頃に、既にみんなに知られている状態では困るでしょう。そのため、子どもへの伝え方には慎重な姿勢と十分な配慮が必要です。かといって、子どもに全く言わないわけにもいかないでしょうし、周りに何らかの説明をしなくてはいけない事態があるかもしれません。その際は病名でなく、症状を伝えるやり方があります。たとえば、「痣ができやすい」「関節が弱い」といった表現でいいと思います。また、幼い本人に病気の理解をさせたい場合には、血友病のことを分かりやすく描いた絵本があります。「かた丸くんありがとう」をはじめ、忍者、レンジャーやロボットになぞらえた絵本など多彩です。これらの絵本を読み聞かせながら、「お母さんはあわてんぼうだから、かた丸くんをお母さんの体に忘れちゃったの。だから、かた丸くんを注射で入れようね」と、絵本のストーリーを介して子どもの理解と了解を求めることもできるでしょう。成長して理解力が身について情報保護ができるほど成熟してから病名を伝えてあげられれば理想的です。「子どもが受け入れられるときに、受け入れられる形で伝える」ことを大切にしてほしいと思っています。

血友病の生徒を信頼する

続いて学校でのお話です。学校の先生は必ずしも血友病に詳しいというわけではありません。そのため、多くの先生が「血友病の生徒に何かあったら、どうすればよいのか」という不安を抱えていらっしゃいます。私たちは、そうした不安にお応えするために1年に1度、学校関係者向けの勉強会を行っています。病気の説明もいろいろしますが、そこで欠かせないメッセージは「生徒を信頼してください」ということです。血友病の生徒が怪我をして、出血したとします。「血が止まらない、どうしよう」と慌ててしまうかもしれませんが、大出血であれば血友病でなくても緊急事態ですから慌てるのは一緒です。血友病固有で困るという出血となると、その多くはじわじわと出血し、徐々に腫れてくる症状です。まずは落ち着いて血友病の生徒の話を聞いてください。「保健室の応急処置で大丈夫」というならそのようにし、「自分(または呼び出された親)が注射して治す」というなら手伝い、もし生徒自身が「病院に行きたい」と言うのであれば、かかりつけの病院に連絡して指示を仰いでください。その生徒は小さい頃から血友病と付き合っていますから、どう対応すればよいのかは、彼ら自身がよく知っています。うまく判断、表現できない小学校低学年であれば、親に聞くのもよいでしょう。それによって生徒だけでなく、先生の気持ちの負担を減らすこともできます。

自分が血友病であることを、打ち明けなくてもいい

血友病の方が成長するにつれて、「友人や恋人、職場の人にいつ打ち明けるべきか?」という悩みが生まれてきます。それはとても自然な悩みだと思いますが、「打ち明けても、そうしなくてもどちらでもよい」というのが私からの答えです。普段の生活で友人と遊んだり、近所付き合いをしたり、仕事をしたりする中で、血友病が原因で支障が出ることはほとんどありません。実際に支障が出るようなら、あるいは「この人には隠し事をしたくない」と思える人に出会ったなら、伝えることを考えましょう。ただし、一人で悩まなくても病院のスタッフが相談に乗ってくれます。ある方は、パートナーに告げようと決意して、血友病を告白したところ、相手から「深刻そうに言うから別れ話かと思ったわ。そんなことだったの」と軽く言われ、2人で笑い合ったそうです。結局のところ、「病気だからこうしなくてはいけない」ということはないのだと私は感心しました。

いい薬があるから、普通に暮らせます

改めて、皆さんに伝えておきたいことがあります。たとえ血友病であっても、いい薬のおかげで普通に暮らすことができる。このことは、しっかりと覚えておいてほしいと思います。それでも何かあったときには、一人で抱え込まずに、そして、こんなことは病院で相談していいだろうかと迷わないで。医療者に相談にきてください。患者会に参加して、自分が一人ではなく、相談相手がいると知ることも大切です。「孤独ではない」と気が付けば、希少疾患であっても普通の自分に自信をもって生活していけます。そんな患者さんの姿を、私はたくさん見ています。

■プロフィール
小島 賢一(こじま けんいち)
医療法人財団 荻窪病院
血液凝固科 臨床心理士 公認心理師

教育心理学を学び、大学院を修了。刑務所や少年鑑別所に心理技官として勤務した後、心理学が活かせる医療の領域を求めて荻窪病院へと転職。趣味は現代小説を読むこと。

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