肺高血圧症

2025.06.10

【体験談】肺高血圧症と共に生きる―前編|薬の保冷バッグの工夫・顔の赤みを抑えるメイク術・治療との向き合い方

今回は、セコム薬局と10年のお付き合いになる肺高血圧症患者さん(以下、Sさん)とセコム薬局の薬剤師J(以下、薬剤師)のインタビューを2回に分けてお届けします。前編では、病気の診断を受けた当時の心境や治療のこと、治療をはじめて生活の中で困ったことや気づき、それに対する工夫についてお聞きしました。

肺高血圧症の治療と薬剤師との長いお付き合い

ーSさん(患者さん)は、肺高血圧症の治療を通して薬剤師とどのような関わり方をしてこられたのですか。

Sさん:家から行きやすい場所に薬局があることもあって、よく立ち寄って薬剤師さんに相談にのってもらっています。いただいた療養のヒントを自分なりに応用したり、結果こうなったよとフィードバックをしたり。また、薬剤師さんに共有した気づきは「他の患者さんにも伝えさせていただきますね」と受け取っていただき、他の方にも役立ててもらいました。今では家族や犬も顔見知りの間柄です。

薬剤師:Sさんとは、治療を始められたころから現在までの約10年間、お薬や医療機器の扱い方、お薬の量や変更に関する相談、医療機関との連携の部分で関わらせていただいています。とても探究心が強い方で、ひとつひとつ疑問を解消しながら行動される姿を側で見てきました。また、他の患者さんの対応で行き詰まったときはSさんの経験からいろいろ教えていただきました。改めてこれまでのことをお話できて嬉しいです。

突然の出来事とともに診断された肺高血圧症

ーそれではまず、Sさんが肺高血圧症の診断を受けた当時のことを教えていただけますか。

Sさん:帰省中に突然の心停止で救急搬送され、気がついたら病院にいました。ICUから一般病棟へ移り、医師と話すなかで病名を告げられたのですが、説明を受けても「何を話しているのだろう」といった感覚でした。最初は、薬で良くなる風邪のようなイメージしかなかったのですが、時間を経てそうではないと気づいたときから、不安にかられました。当時は治療方法の選択肢が今よりも少なく、ずっと付き合っていかなければならない、そんな病気を受け入れることが大変でしたね。

ー突然のことを受け止めきれないまま、肺高血圧症の診断を受けたのですね。当時の治療について教えてください。

Sさん:肺高血圧症の診断から次の検査までの間は、飲み薬だけで数値の変化をみました。検査結果によって今後の治療方針が決まってしまうと考えて、少しでも検査結果が良くなるようにととにかく安静に過ごしていると、ついつい悪い方へと考えてしまいました。できることなら重い治療を避けたいのは人間の心情だと思います。家族もどうすべきかわからず、結果が出るまで怯えるような気持ちで過ごしていました。

その後、検査の結果が出て、できれば避けたいと考えていた静注療法をしなければいけなくなりました。元気な自分から一気に患者になるギャップが大きくて。輸液ポンプに加え、温度管理が必要な薬を冷やすための保冷剤が入ったバッグもけっこう重い。外出時には予備の医療材料の持ち運びも必要です。ちょっと出かけるにも負担が大きく、これを一生続けなくてはいけないのかと思うと落ち込みました。何も手につかず、生きる力さえ出ないような状態が1週間程度続きました。

病気のことを勉強しなくてはいけないと頭では理解していても、まだ、心では自分が患者だと受け入れられなかったのだと思います。

ー気持ちの面で落ち込んでいる状況で、治療に向き合うまでにどのような変化があったのですか。

Sさん:最終的には主治医のひとことで覚悟を決めました。主治医は天才肌タイプの方。新しい治療を受けて早く元気になってほしいという気持ちのある熱心な先生でした。その先生が、生きることを拒否しているような私を見かねて「僕がアイス買ってきますよ。アイスなら食べられますか?」と声をかけてくれました。普段は治療に関するやりとりが中心だったので、あまりに意外で「先生にそんなことを言わせるほど、私は落ち込んで見えるのか。これじゃいけない」と思い、そこから病気を受け入れて這い上がり始めました。

治療を続けるために。日々の負担への様々な工夫

ー治療が始まりましたが、どういった姿勢で継続していましたか。

Sさん:治療を開始して、お薬は先生から指示されたとおりに飲みましたし、注射の薬は病院で受けた様々な指示を守り、温度管理やカテーテルの取り扱いをしていきました。
薬の管理がおざなりになることで、将来の自分の体調が悪くなることは避けたかったので、毎日しっかりと薬を継続することを心掛けました。

ー生活にはどのような変化がありましたか。

Sさん:カテーテルの扱いにすごく気を使いました。皮膚を化膿させてしまうと、カテーテルを留置しているところから抜けてしまうこともあるので、挿入部を化膿させないために消毒したり、保護したりしないといけない。そこに気を取られているうちに1日が過ぎました。

あとは足の痛みや、吐き気がひどく痩せてしまったり、顔が真っ赤になってしまったりもしたので、しばらくは薬を使用することで起こる自分の反応を見守っていた感じです。家族もやはり何をどうしていいのかわからないので、見守ってくれていました。肺高血圧症になって10年目ですが、大変さは最初の1年間が9割を占めていたのではないかと思います。

薬剤師:肺高血圧症の薬による副作用はいくつかありますが、症状の強さは人それぞれですので、お体の状態にあわせた対応が必要になってきます。肺高血圧症の薬を毎日継続していただきながら、副作用の症状を和らげる薬を飲むことなどで日常生活と上手く折り合いをつけることも大切です。

ー治療を続けるにあたって、気持ちを切り替えたきっかけはありますか。

Sさん:切り替えたというより、落ち込むことに飽きたような感じです。大変大変と言っていても大変さは変わらないし、それなら対処を考えようと。考え方も”断捨離”を心がけましたね。一緒にいる人には、こういう事情でお手洗いに行きたくなるからと、ひとこと言えばわかってくれる。道ですれ違う人に顔が赤いと思われるかもしれない、だけど一回しか会わないから気に留めない。顔が赤いことを外出先で指摘され傷つくこともあるけれど、言葉を真正面から受けとめないような返答を心掛けました。例えば、店員さんから「顔が赤いですね」と言われたときは、「そうだね、暑いからかな」と答えるなど、相手にも嫌な思いをさせないようにしつつ、自分も守ることで気持ちの負担を減らしました。

本当なら心停止したところで私の人生は終わっていたかもしれない、救っていただいた命なので極力無駄なことには力を使いたくないという想いが、生きるベースになっていると思います。できることには対処し、本当に自分に必要なものだけを見極めて残すようにしました。

ー考え方をシンプルにして負担を減らしていったのですね。

嘔吐、顔の赤み、足の痛みへの対策

ー毎日の生活面でほかにはどんなことを心がけましたか。

Sさん:生活の中のちょっとしたストレスを減らす工夫をしました。いつどこで吐き気がしても慌てずに済む方法を考えていたとき、長距離交通機関の座席などにあるようなエチケット袋に目が留まりました。嘔吐するときは、ビニール袋だと不安定だけど、エチケット袋なら厚みがあって自立するので体勢が整えられないときも使いやすかったです。
ちょっとした行動を、いかに簡便に、スマートにこなすか。当時はそればかり考えていました。

あとは顔の赤みへの対策。鏡で自分の顔を見たときや、ふとしたときに、どうしても気になります。なので、デパートの化粧品売り場へ行っていろいろな化粧品を試しました。コントロールカラー(肌の色を補正する化粧下地)とファンデーションを組み合わせると赤みが抑えられました。

薬剤師:顔が赤くなるという症状は治療中にはよくみられる悩みです。お薬がしっかり体に入っていることの証ではあるのですが、気持ちよく外出するために、少しでも赤みが抑えられると良いと考えています。がんの患者さんやお顔にケロイドが残った患者さん向けには、大きな医療機関でメイク講習が開催されることもあります。ある化粧品メーカー※1には、病気の方に向けたメイクの専門アドバイザーがいて、そちらの情報も参考になります。
体調やお住まいの地域などによっては外出して相談することが難しい方も多数いらっしゃると思います。現在はネット対応も進化していますので、まずはメーカーに連絡してサンプルを取り寄せてみても良いかもしれません。

Sさん:当時はそういった情報を知らなくて、すっぴんで真っ赤な顔をして売り場へ行きました。乗せ過ぎたらトイレで洗い流してもう一度試したりして。コントロールカラーは緑色のものが良かったですね。あとは足の痛みへの対策として靴のインソールを変えてみたり、いつも持ち歩いている保冷剤を一つ拝借して足の裏を冷やしてみたり。そのようにして少しずつ自分に合った対処法を見つけていきました。

薬と保冷剤を入れるバッグの選び方

ー治療で使用する輸液ポンプやお薬の扱いに関してはいかがでしたか。

薬剤師:Sさんが保冷剤と薬を入れるバッグを自分でカスタマイズしたお話も他の患者さんにご紹介しました。

Sさん:そうでしたね、薬を保冷剤で冷やす専用のバッグがあるのですが、医療用なのでショッピングに行くにはデザイン的に合わなくて。探し回って、デザイン的にも満足できるぴったりのバッグを見つけました。店員さんに「これは薬なのですが、ちょっと入れてみても良いですか?」と伝えて使い勝手を確かめました。

保冷機能の部分は自作しました。厚めの断熱材はバッグのデザインに響くので、ホームセンターで薄めの素材を買い、切ってバッグの内側に貼りました。すると保冷力がアップして保冷剤を持ち歩く量が減り、ストレスもどんどん減りました。保冷時間とともに移動できる距離も伸びました。

【写真】
Sさんがカスタマイズしたバッグ。
内側に断熱材を入れて保冷効果を高める工夫をしています。

保冷剤を入れるバッグは断熱性も大切

薬剤師:断熱性のある素材もお困りごとの改善に役立ちますね。
体にバッグが当たると冷たさを感じる患者さんもいらっしゃいました。

Sさん:体はどんどん冷えるのに、薬は体温で温まってしまいます。バッグを加工したら体が冷えなくなったのも良かったことです。

薬剤師:特に下腹部の近くに当たってしまうとつらいですよね。保冷剤の冷たさが体に伝わって寒く感じてしまう方もいらっしゃいました。Sさんのアイディアを伺って他の患者さんにお伝えしました。

入浴時のDIYグッズ

薬剤師:カテーテルを留置している患者さんは基本シャワー浴をしていただくことになり、お風呂につかることはできません。お風呂に入る場合には半身浴をしていただくのですが、Sさんは薬を入れるものを断熱素材で作成していました。

Sさん:そうですね。薬が温まらないように保護するものを断熱素材で作りました。そうするとお風呂の蓋に薬を置けるため、半身浴ではありながら多少は長く湯船に入れて体も温まります。ホームセンターで買ってきた断熱素材※2をハサミで切って接着して、防水の面でも耐えられるようにガムテープで補強しました。

【写真】
入浴時のDIYグッズ。
断熱素材を使って作成し、ガムテープで外側を防水加工しています。

薬との付き合い方は小さな情報が大切

Sさん:細かく捉えると、保冷剤の扱い方などは医療とはちょっと外れた部分の情報になります。だけど、肺高血圧症の治療を始めてから知りたかった情報は、薬との付き合い方がほとんどなので、そういう情報がもっと欲しかったです。巡り巡ってこうやって経験をお話しできるのも意味のあることだと思います。そして自分でいろいろ工夫することと同じくらい、主治医や薬剤師、家族を頼る大切さも学ばせてもらいました。

ー小さな問題と思えることもそのままにせず、なければ作ったり探したりすることで、対応されてきたのですね。貴重なお話をありがとうございます!
次回の後編では、Sさんの散歩によるリハビリ、旅行時の薬の管理方法、宿泊先の選び方、周囲への伝え方などについてご紹介します。




《プロフィール》

■Sさん
肺高血圧症の治療をはじめて10年。暮らしの小さなストレスや困りごとを慎重さと対応力で乗り切っている。趣味は旅行。「できることプラスα」の考え方を基本に、主治医や薬剤師、家族を上手に巻き込んで目標に向かって行動することが得意。療養生活についての情報や工夫の数々に薬剤師も助けられている。

■セコム薬局 薬剤師J
旅行や手芸、ライブに行くなど多趣味な薬剤師。
寝台特急サンライズ出雲に乗って出雲大社に行くことを計画中。



※1、2 記事内でご紹介した商品やメーカーについてのお問合せは、『今日のちから』編集部までメールでご連絡をお願いします。
※本記事は患者さま個人の体験をもとに作成しています。患者さまのご病状はそれぞれであり、主治医への相談、確認が必須となります。

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