


肺高血圧症
2025.07.25
【体験談】肺高血圧症と共に生きる-後編|治療と旅行の工夫、薬の扱い方

目次
3-1.
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前回に続いて、肺高血圧症の治療を続けている患者さん(Sさん)とセコム薬局の担当薬剤師のインタビューをお届けします。Sさんが少しずつ行動範囲を広げていった過程、趣味の旅行のお話、周りの人との関わりや協力関係の築き方についてお話を伺いました。
肺高血圧症のリハビリをかねて出かけた散歩
ーリハビリを兼ねて少しずつ行動範囲を広げていったそうですね。
Sさん:そろそろ、療養生活にも落ち込むことにも飽きてきたなと思ったころ、主治医とも相談して近所に散歩へ行くようになりました。下痢と嘔吐があったので、スーパーやホームセンターなど、すぐトイレに駆け込める場所を選びましたね。ホームセンターのような大きな施設はトイレが複数あることが多いので何かあったときに対応しやすいです。
そのうち歩くペースも少しずつ上がり、行動範囲が広がっていきました。範囲が広がると坂道とか階段とか、負担がかかるポイントが増えてくるので、家族に「後ろから背中を全力で押してね」と伝えて支えてもらいました。そうすると私は負担の少ない状態で登れます。家族は大変ですけどね(笑)。はじめから行動範囲を広げるのは怖かったから、段階を経て広げていきました。
薬剤師:あの頃は「この体調だとここまで行けた」という事実と自信を積み重ねて、ご自分で納得できるところまで安全確認してから行動範囲を広げて行かれましたね。
Sさん:いきなり飛行機に乗るような、闇雲に行動することはなかったですね。
薬剤師:Sさんは、お薬のルールはしっかり守る、体と対話をして体力的に無理をしないようにする、など治療を優先して生活されています。いつも安全に行動できることをしっかり確認してから行動していました。
Sさん:そうですね、なんとしても早く薬から離脱したいという思いが強かったので、病院から指導された事はしっかりと守るようにしました。治療の効果を最大限にしたい。それを実現するために、どうすれば最短距離で、自分に無理なくできるかを考えるようにしていました。
旅行を目標に、生活のなかに未来をつくる
ー最近は旅行が趣味になっているとのこと。旅行へ行くまでのお話を詳しくお聞かせいただけますか。
Sさん:散歩をはじめて1年くらい過ぎた頃、もともと趣味だった旅行やお出かけを、目標に置くようになりました。未来に楽しいことが待っていると思えば、頑張ろうというモチベーションにつながると思ったからです。
やはり治療はどこまでいっても、楽しいものではないですし、つらいと気持ちが落ちる一方になりますよね。とは言え、頑張って無理しすぎると本末転倒になってしまうので「できることに少しプラスα」をいつも心がけています。
旅行の準備は段階を踏んで
ー近所での散歩から足を伸ばし、最初はどのあたりへ行きましたか?
Sさん:まずは近場からということで、主治医に相談して夫に車で行けるお出かけスポットへ連れて行ってもらいました。はじめは全部車椅子での移動、その年の行動量を基準として次の年は半分だけ車椅子移動、次はほぼ歩く、最終的には車椅子なしとしました。毎年、気候の安定している同じシーズンを選ぶと体力的な変化が比較できます。夫は車椅子を押してくれたり、もう歩けないと思ったら椅子を持ってきてくれたり、全面的に助けてくれましたね。

車椅子移動、クーラーボックスをフル活用
Sさん:私は保冷が必要なお薬を使用していたため、長時間外出するときには十分な量の保冷剤をクーラーボックスに入れて車に置き、数時間ごとに交換できるように用意しました。施設によっては車椅子の専用駐車場があり、入口からとても近いところに停められます。保冷剤を取りに行きやすいですし、もし具合が悪くなっても車に帰りやすい。今でもやっぱり怖いので、入り口付近に駐車しています。
当時は情報がなかったので、自分で調べて、『駐車禁止除外標章(身体障害者用)の申請手続き及び使用方法について』などの情報にたどりつきました。もっと公共・行政のサポート情報が入手しやすくなれば良いなと思います。
(参考)駐車禁止等除外標章(身体障害者等用)の申請手続き及び使用方法について 警視庁
ーまずは近所から、外出の対応に慣れていったのですね。
治療を続けながら旅行へ行く工夫
ーはじめての泊りがけの旅行はどこへいかれましたか。
Sさん:最初は、主治医に相談したうえで、夫の運転で東京から関西へ二泊三日の旅行に行きました。車なら途中で具合が悪くなったときにどこでも休憩できます。
宿泊先での冷凍庫の確保
ー旅行へ行くときに知っておきたいポイントを教えてください。
Sさん:保冷剤を使う薬の場合、宿泊先に翌日の保冷剤を保管する冷凍庫が必要になります。お部屋に冷蔵庫のある施設は多いですが、冷凍庫が設置されている施設は少ないですね。ホテルや旅館に事前に確認すれば、フロントで保冷剤を預かって凍らせてくれるところもありました。
薬剤師:以前、屋外イベントへの参加を検討されていた方から保冷剤の管理について相談を受けたことがありました。そういう場合は、運営側へ冷凍庫があるかどうかを確認していただき、なければクーラーボックスで予備の保冷剤を冷やしておくなど工夫する必要があります。
Sさん:クーラーボックスは、日帰り用、2~3泊用など数種類持っています。旅行の予定に合わせて、予備の薬を入れた保冷剤入りのクーラーボックスを準備したこともありました。
【写真】長時間移動(主に車)の際に保冷時間を長くさせるためのクーラーボックス
クーラーボックス内の温度を把握できるように、自分で温度計を取り付けるなどの工夫をしています。

エレベーターや車椅子の有無を確認
Sさん:エレベーターやエスカレーターの有無、移動経路に階段がないかどうかも確認します。行ってみたら坂道だったということもあるので、それに備えた車椅子の有無もチェックしますね。大きな美術館や動物園、公共施設には車椅子が用意されていることが多いですが、台数が限られているのでどのような人が利用できるのかも事前に確認します。旅行で大切なことの7割は事前の確認かなと思います。
ーリハビリを兼ねて少しずつ行動範囲を広げていったのですね。
薬や医療材料は余裕をもって
Sさん:あとは、薬や医療材料は必要な量の2倍は準備し、自分だけではなく同行者にも持ってもらいました。荷物をどこかに置き忘れたりする可能性もゼロではないので。
薬剤師:肺高血圧症の薬剤はどこの薬局にも置いてある薬ではないので、外出先で手に入れるのは難しいと思います。薬や医療材料はご自分で携帯する必要がありますが、荷物になってしまうので、あらかじめ宿泊先へ送っておく方も多いようです。
Sさん:ここまでいろいろ準備するのは、旅先で何かあっても大丈夫という安心感のもと旅先で動きたいと思っているからです。
現地の医療機関とのルートを作っておく
薬剤師:そうですね。旅先で具合が悪くなった時にすぐ相談できるように、現地の専門病院あての紹介状をあらかじめ用意される患者さんもいらっしゃいます。弊社の在宅コーディネーターは治療を行っている病院への橋渡しなどのサポートもしていますので、旅先での専門病院をお探しの際は遠慮なくご相談いただきたいです。何かあった時の対策として、病院の近くに泊まることもできますね。それも一つの安心材料として知って頂ければと思います。
※在宅コーディネーターとは
患者さんの在宅療養を支援する業務を担当しています。患者さんの担当医師・看護師やセコム薬局の薬剤師と連携し、患者さんが安心して自宅で治療を行なうことができるよう生活環境の整備等をサポートします。
飛行機に乗るときは準備が必要
薬剤師:旅行については、修学旅行に行きたい等の相談を頂くことがあり、薬局ではその都度、必要な情報を提供しています。
Sさん:主治医の了承をもらい飛行機で移動をしたときは、事前に航空会社に電話して必要な書類や手続きについて問い合わせました。航空会社によって搭乗時の手続きは様々なので、必ず事前確認することが必要です。
薬剤師:安全、安心に楽しむためにも、旅行に行かれるとき、飛行機に乗るときは主治医の許可は必ず必要ですね。Sさんからもお話がありましたが、旅程により準備や注意するべきことが異なります。チケットを予約する前に情報収集や準備は必ずして欲しいと思います。

ー事前に必要な準備をすること、情報を集めることが大切ですね。
薬剤師との付き合い方、家族の親身なサポート
ーSさんは積極的に周りとコミュニケーションをとりながら治療を続けておられますが、心がけているポイントはありますか。
Sさん:肺高血圧症になって何が一番大変だったかというと、情報がなかったこと。なので、足が痛いから湿布が欲しいとか、何かと薬剤師さんに相談させていただきました。治療のはじめの頃は、辛いことをそのままにして、ずっと独りで悩まないで、医療従事者を含めた周りの人や家族にも、是非相談することをお勧めしたいです。
薬剤師:たとえば、肺高血圧症のお薬の副作用で下痢になる方は多いのですが、まれに下痢止めの薬の効果が強く出てしまい便秘になってしまう方もいらっしゃいます。下痢止めの薬は一例ですが、こんなことで?と思わずに遠慮せず薬剤師へ相談してもらいたいです。投与量の微調整が可能な粉剤への変更、薬の服用タイミングの検討、他の薬剤への変更などの提案を薬剤師から医師へ相談することが出来ます。積極的に薬剤師を活用してもらえたらと思います。
Sさん:何でも相談してくださいと言われても、どこまで相談して良いものか、お手を煩わせてはいけないと遠慮したりしますよね。今は、私はしないですけどね(笑)。でも、治療ってそういうものだと思って相談していない人も多いと思います。
薬剤師:患者さんにお話を伺う時に、実はこんなことで困っていて…とお伝えくださる患者さんもいらっしゃいますが、訴えが少ない患者さんにも何かつらいことや我慢している事が無いか、先入観を持たずにお話を伺うことを心掛けています。
Sさん:人って「何か困ったことありませんか?」と言われてもとっさに出てこなかったりしますよね。でも「足痛くないですか、お腹の調子は大丈夫ですか」と具体的に聞かれたらそういえば…と思い出すこともありますから。薬って反応が未知のものだからそのまま受け入れてしまう人が多いのかもしれません。
ー患者さん自身が主体的に動いていくことも必要なのですね。
薬剤師:限られた診察時間の中で医師に、こんなことを聞いて良いのかな?と遠慮して伝えられなかったことを薬剤師が医師に伝えたり、相談したりすることもできます。
Sさん:私は薬剤師さんに困りごとを伝えたら、こういう薬もあるよと教えてもらい、医師と連携していただいて薬を変えてもらったことがあります。それによって選択肢が広がることは、治療の可能性につながると思います。薬剤師さんは先生の指示通りにお薬を準備するというイメージしかありませんでしたが、こういう病気になって薬剤師さんの役割が明確になり、お薬を出すためにさまざまな確認や医師との連携をしてくださっているとわかりました。この治療を始める前に薬局を利用していた時は、なんでこんなに時間がかかるんだろうと思っていました。風邪薬だけのときは早く薬出してって思っていましたけど(笑)。
今となっては薬剤師さんとちょっとしたことも相談できる関係性があることに助けられています。
ーご家族に対してはどんなコミュニケーションを心がけていますか。
Sさん:私が気をつけていることは、助けてほしいことを相手に明確にわかりやすいように、はっきりと伝えることですね。やっぱり察してほしいと思っても人はわからないので。夫は、こうしたいからこうしてと伝えたら、ほとんどのことはやってくれます。今日はしんどいから家事ができないとか、夫にははっきり伝えますね。薬の調合から旅行時の荷物持ち、車椅子の介助までサポートしながら寄り添ってくれています。
夫に一番助けられたのは、治療を始めた初期のころ、治療に前向きになれなくて薬をギリギリまで調合しなかったりしたとき、見かねた夫が薬の調合は当事者でなくてもできるから自分がやると申し出てくれたことですね。また、倒れた時に実家にいたということもあり、私の両親と弟には、精神的にも身体的にも常に寄り添い支えてもらいました。今の私があるのは、実家のサポートのおかげといっても過言ではありません。私にとっては、夫と両親と弟が、治療に欠かせない伴走者でしたが、たとえ家族ではなくても、相談できる人に遠慮せずに相談して、サポートをしてもらうことも大事だと思います。
ー気持ちの面ではご家族に相談できていますか。
Sさん:そうですね、私がもともと人に悩みを相談するタイプではなかったので、悩みを伝えるよりも「落ち込んだからここに行きたい、連れて行って」って言う方が、私にはちょうどいいみたいです。夫はあえて病気について具体的なことは勉強せず、こうしたほうがいいよと提案もせず、病気の相談は医療従事者に、というスタンスでこれまで一緒にやってきました。結果的にその関係性があったから衝突がなかったのかもしれません。
ー最後に、肺高血圧症の患者さんに向けてひとことお願いします。
Sさん:治療に取り組んでいる方に伝えたいことは、本当に無理をしないことです。動けないと思ったらやめる、あとは自分の直感や感覚、経験値を信じること。それに勝るものは本当になくて、医師や家族が大丈夫と言ったとしても、自分が今日は無理できないと思ったら、絶対に無理をしないことです。体調が怪しいと感じたら休む、日程を変更する。そういう判断は諦めのように思えるかもしれませんが、自分を信じて行動することが、病気と主体的に向き合っていくためにはとても大切だと思っています。
あとは周囲のサポートは必須なので、頼れる人は家族でも薬剤師や医師でも遠慮せず頼るようにしています。そうして少しでも快適に過ごせたら、今のつらさが過去のものになるかもしれないし、「あのときはつらかったね」と、一緒に話せるときが来るかもしれないですよね。
そして目標があったら、そのチャンスが来たときのために十分に準備すること。準備しておけば、機会を逃しても後悔することはありません。体力には限りがあることを受け入れて、チャンスを逃してもそれに執着しすぎず、次の機会を見つけていくことも心がけています。それが私の普段、考えていることです。
ー今日は貴重なお話をありがとうございました。治療に役立つ情報が必要な方へ届くように、私たちも取り組んでいきます。
《プロフィール》

■Sさん
肺高血圧症の治療をはじめて10年。暮らしの小さなストレスや困りごとを慎重さと対応力で乗り切っている。
趣味は旅行。「できることに少しプラスα」の考え方を基本に、主治医や薬剤師、家族を上手に巻き込んで目標に向かって行動することが得意。療養生活についての情報や工夫の数々に薬剤師も助けられている。

■セコム薬局 薬剤師J
旅行や手芸、ライブに行くなど多趣味な薬剤師。
寝台特急サンライズ出雲に乗って出雲大社に行くことを計画中。
※本記事は患者さん個人の体験をもとに作成しています。患者さんのご病状はそれぞれであり、主治医への相談、確認が必須となります。
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