目次
今回は、みなさんからよくご相談いただく肺高血圧症治療のつらさの和らげ方について、長きに渡り肺高血圧症患者さんの看護に携わられている瀧田結香先生にお話を伺いました。
患者さんの想いを汲み取りたい
現在は、帝京大学医療技術学部看護学科で准教授として教鞭を取りながら、肺高血圧症患者さんの看護に関する研究を続けています。今の研究を始めたきっかけは、看護師として大学病院に勤めていた時に、治療に対する医師と患者さんとのギャップを感じたことです。当時、肺高血圧症治療に新たな治療法が開発されました。この治療法は、予後を劇的に改善する画期的なものでした。医師たちが予後改善による素晴らしい治療法と捉え、積極的に使用を勧める一方で、患者さんはなぜかつらそうにしている場面が多く見られました。そんな姿を見て、私は「なぜあんなにつらそうなんだろう。もっと患者さんの想いに寄り添いたい、患者さんのために何かできることはないだろうか」と思ったのです。
「つらさ」を吐き出せる場所をつくる
肺高血圧症の患者さんは、体を激しく動かすと肺の血圧が上がり、心臓へ負担がかかりやすくなってしまうため、日常生活において活動の調整が必要となります。心臓や肺に負担がかかりすぎないように、走らないようにしたり、階段を上らないようにしたりといった生活上の工夫が求められるのです。そのような状況に対してつらさを感じる患者さんもいらっしゃいます。過去の研究では「友達と遊園地に行ったりライブに行くなど、それまでできていたことができないつらさ」をお話ししてくださった方もいらっしゃいました。このような想いを「家族や友人が心配してしまうからなかなか言えない」と吐き出せない方もいらっしゃいます。そんなときは、患者会に参加して他の患者さんと気持ちを共有することも1つの方法ですが、気持ちが落ち込んでいてそこに足が向かない場合もあるのです。だからこそ、患者さんが想いを吐き出せる場所をつくることが大切だと私は考えています。たとえば、外来受診や入院の際に、患者さんたちが気軽に看護師に声をかけて想いを表出できる環境を、どの病院でも提供できるようにする。あるいは、外出が大きな負担になり得る患者さんのために、オンラインで肺高血圧症を熟知した医療者とつながれるような仕組みをつくる。そういったことができればいいなと思っています。
こころのセルフケア、マインドフルネス
患者さんご自身がこころをセルフケアする方法の1つにマインドフルネスがあります。マインドフルネスとは、「今この瞬間の体験に気付き、ありのままにそれを受け入れる方法」と言われています。「どうしてあの時ああしなかったのだろう」と過去を後悔したり、「~になってしまったらどうしよう」と未来を不安に思ったりすると、その考えがぐるぐると頭を駆け巡り続けることがあります。マインドフルネスによって「良い/悪い」といった価値判断をすることなく「今」に注意を向けることで、このぐるぐるから少し距離を取れるようになり、つらさが和らぎます。
一般的にマインドフルネスと聞くと、ヨガや瞑想をイメージする方が多いと思いますが、それだけではなく、マインドフルネスは日常生活の中に取り入れることも可能です。たとえば、ご飯を食べるときに一口目を匂いや噛んだときの感覚などに注意を向けながら味わって食べてみる、いい香りの飲み物を香りを楽しみながら味わってじっくり飲む、などがおすすめです。もしかしたら、五感を使ってじっくりと「今」に集中しながら味わっている最中に、全く関係のないいろいろな考え(雑念)が出てきてしまうかもしれません。そんなときに、「ダメだなぁ、自分は。うまくできないな」と評価するのではなく、「あ、今また違うことを考えていたな」と気付いて、そしてまた味わう方に注意を向けなおす、それこそがマインドフルネスであり、その積み重ねによってつらい考えなどから少し距離を取ることができるようになってきます。
薬の副作用を、別の視点から捉えてみる
治療薬の副作用につらさを感じる方もいらっしゃるかもしれません。肺高血圧症治療薬の代表的な副作用としては、頭痛やあごの痛み、足の裏の痛み、吐き気などが挙げられます。過去に行った研究では、「吐き気」が生活の質(QOL)に大きく影響していることが分かりました。
これらの副作用は、一生続くというよりは、飲み始めたときや薬を増量している期間に強く現れ、薬の量が安定してくるとおさまってくる場合が多いです。それでも、つらい最中にいる時には一生続くようにも感じますし、その副作用を「嫌だ嫌だ」と忌み嫌い、「あっちに行け!」と追いやろうとしてしまいがちです。ただ、そうすると余計にその副作用に囚われてしまい、つらさが増してしまうという悪循環に陥ります。マインドフルネスでは、このような場面でも、「あ、今、嫌だ嫌だって思っていたな」ということに気付き、そして「体も頑張ってくれているんだな」と労わってみる、深呼吸をして呼吸に注意を向けてみる、などを実践していきます。過去にプログラムに参加された方は、「痛みや吐き気自体がなくなるわけじゃないんですけど、つらさが減りました」とおっしゃっていました。このように、副作用とどのように向き合っていくかを支えることも、私は大切な看護だと思っています。
できるだけ誰かを頼ってほしい
最後に、肺高血圧症の患者さんと、そのご家族の方にお伝えしたいことがあります。一人や家族だけで頑張ろうとしないで、できるだけいろいろな人に頼るようにしてください。もちろん、「他人に心配や負担をかけたくない」とためらってしまう気持ちもあると思います。それでも、自分たちの想いを周りに伝えていくことはとても大切です。特に、患者さんの抱えるつらさというのは、症状の重さや治療薬の種類では量れません。だからこそ、その想いを周りの人や医療者に伝えて、活用できるサポートをうまく利用していっていただけたらと思っています。そしてご家族の方も、時には患者会に参加して想いを共有したり、医療者と話をしてみてください。思ってもみなかったさまざまな意見やヒントをもらうことができるかもしれません。ご本人もご家族も、大切なのは「つらさに飲みこまれてしまわないこと」。たとえ症状や副作用が変化しづらいものだとしても、病気や副作用への向き合い方・受け取り方を少し変えるだけで、つらさは軽くなります。こころのセルフケアを行いながら、“自分らしさ”を大切に、より良い生活を送っていってください。いつでも応援しています。
■プロフィール
瀧田 結香(たきた ゆうか)
帝京大学医療技術学部看護学科
准教授
慶應義塾大学病院に勤務した後、杏林大学や東京家政大学などを経て、帝京大学に赴任。日々、学生たちに看護の面白さを伝えながら、肺高血圧症とマインドフルネスの研究に勤しんでいる。白いご飯を食べることが大好き。趣味はK-POPを聴くこと。
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